ベントス底生生物概要
−ベントス 果てしない生物多様性の世界へようこそ− 
 
 ベントスとは何か

海には様々なサイズの生物が存在する.

 ●メガファウナ(鳥類・大型魚類など) 
 ●マクロファウナ(大型無脊椎動物など) 
 ●メイオファウナ(線虫など間隙生物) 
 ●ミクロファウナ(珪藻・バクテリアなど)
 
海中の生物は主に3つのグループに分けられる
 
●プランクトン:遊泳力をほとんど持たずに流れに身をまかせ漂っている生物.(浮遊生物)代表的なものとして
          ミジンコ・クラゲなど

●ネクトン  :海中を自由に遊泳して生活する生物.(遊泳生物).代表的なものとしては多くの魚類・イカ・クジラなど

●ベントス  :いわゆる海底で生活している生物.(底生生物)多くの甲殻類や貝類,多毛類などはほとんど
          これに当てはまる.

エピファウナ(表在生物)とインファウナ(埋在生物)に分けられる.
 
干潟ってどんなところ?
干潟とは、内湾の河口やその周辺に潮が引くと現れる主に砂や泥から成る平坦な海底. 
 
河   口  上流から供給された土砂が河口付近で海へ向かって緩やかに傾斜しながら堆積する.淡水と海水が混じり合う場所.激しく塩分濃度が変化する。豊富な栄養塩類が海水と反応し凝集・沈降する.
  
  月の満ち欠け:月と太陽の引力によって1日に二回満潮(水没)と干潮(干出)を繰り返す.
 
 潮上帯:満潮時にも水没しないところ.
 潮間帯:高潮線と低潮線の間.干潟が発達する場所.干出と水没を繰り返す.
 潮下帯:干潮時でも常に水没しているところ.
 
         
 
干潟の種類
河口干潟 :河川の流域の範囲内に出来る干潟.塩分濃度は大きく変動する.
   
前浜干潟 :内湾の海岸線に沿って沖へと広がる干潟.塩分濃度は海とほとんど同じ.
   
潟湖干潟 :細い水路などで海とつながっている湖や沼地.波の影響が無く安定した環境.
   
塩性湿地 :後背湿地とも言う.干潟の後背で塩分に耐性を持つ植物群落が形成されている 場所.ヨシ原も含まれる.
 
・常に捕食者に狙われる危険がある.干潮時(水鳥)満潮時(魚類・遊泳性カニ類など)
・内湾奥部は人口密集地帯と重なる場所でもあり、埋め立ての対象や環境汚染の影響を特に受けやすい場所でもある
 
干潟の多様な環境と代表的な生物 
河 口 :塩分濃度の急激な変化に耐えられる種類のみが見られる.種類数は比較的少ない.
カワザンショウ,ムシヤドリカワザンショウ,クリイロカワザンショウ,フトヘナタリ,アシハラガニ,クロベンケイ,アカテガニ,ハマガニなど
ヘナタリ,カワアイ,ヤマトシジミ,ゴカイ,ヤマトオサガニ,チゴガニ、シオマネキ,ハクセンシオマネキ,トビハゼなど
前 浜 :種構成は多様で特に貝類の多様性現存量が高い.
 
(砂質・砂泥質)  ウミニナ,ホソウミニナ,イボウミニナ,ツボミガイ,アラムシロガイ,イボキサゴ,ムラクモキジビキ,キセワタ,ツメタガイ,アサリ,シオフキ,バカガイ,マテガイ,スナガニ,コメツキガニ,オサガニ,マメコブシガニ,キンセンガニ,チロリ,スゴカイイソメ,ツバサゴカイ,タマシキゴカイ,アナジャコ,ニホンスナモグリ,ユビナガホンヤドカリなど
(転石地) 表在生物が見られる.シロスジフジツボ,シボリガイ,アカニシ,スガイ,フサゴカイ類,マガキなど
(カキ礁) マガキなどが群生することによってひとつの環境が出来る.ウネナシトマヤ,カキウラクチキレモドキ,ケフサイソガニなど
(藻場) アマモなど海草の群落.カブトガニ,ナメクジウオ,タイラギ,ウミサボテンなど
(潮下帯) 前浜干潟より少し沖の浅海.ムラサキガイ,ビョウブガイなど
(有明海) 他に見られない強い泥質の前浜干潟.ムツゴロウ,ウミマイマイ,ハイガイ、ササゲミミエガイ、アゲマキ,ウミタケなど
 
潟湖(塩性湿地):底質は様々.ヨシの枯葉などが堆積する.クシテガニ,ウモレベンケイガニ,ユビアカベンケイガニ,オカミミガイ類,クロヘナタリ,シマヘナタリなど

特に微生息環境(貝類を例に)

深く埋もれた石の下 :(真っ黒な還元環境)ワカウラツボ,ヒナユキスズメ,シラギク,ナギツボ,サザナミツボなど
ヨシ原周辺の草むら :ヨシダカワザンショウ
ヨシ原内部の水溜り :ヒロクチカノコ,クロヘナタリなど
ヨシ原内部の朽木・岩礫 :センベイアワモチ・オカミミガイ類

 安易にゴミ拾いをしないこと,ゴミの下に稀少貝類.これらの微生息環境も周囲の環境が良好に保たれて初めて意味を持つ.砂泥のオープンな干潟だけではなく周囲の環境を丸ごと保存してやる事が必要

寄生・共生の世界

干潟には様々な寄生・共生関係が見られる.

アナジャコ:巣穴(トリウミアカイソモドキ・クボミテッポウエビ・クシケマスホ・ホウキムシ・カイアシ類など)
体表(マゴコロガイ・シタゴコロガニ・エビヤドリムシ・アナジャコウロコムシなど)

地下には広大な未知の空間が広がっている.

タイラギ(カクレエビ・ピンノ類・多毛類・イソチドリ)スジホシムシ類(スジホシムシモドキヤドリガイ)
ムギワラムシ(ヤドリカニダマシ)、イワガニ類(ウンモンフクロムシ)
寄生・共生者は宿主と運命を共にしている.宿主が絶滅の危機に瀕している場合も多い.

干潟でのベントス観察=多様な環境を理解すること

日本のベントスの現状

全国で干潟が失われていくとともに干潟のベントスたちも各地で姿を消しつつある

・1996年に発行されたWWFJの(通称)干潟のレッドデータブックによって,389種もの底生生物が絶滅の恐れがあると報告された.
(例えば)
・ハマグリ(潮干狩りで普通に採れたのが今や絶滅寸前.健在産地は国内で数箇所のみ)
・イチョウシラトリ(70年代までは全国の内湾に生息)
・ハイガイ(縄文時代の貝塚から最もよく出土.諫早湾の締め切りで最大規模の個体群が消滅)

外来種・移入種問題

・潮干狩りや養殖のための種苗(アサリにサキグロタマツメタが混入,ハマグリの交雑)
・タンカーなどのバラスト水(チチュウカイミドリガニ・ムラサキイガイなど)
・有明海など保存状態の良い干潟でも移入種が増えてきている(トライミズゴマツボ・カラムシロ・シマメノウフネガイなど)

研究者の不足,研究の遅れ

・分野によっては研究者が国内に数名しかいない.(例えばヒモムシなど)
・新種続出.あまりにも稀少すぎて,発見されると同時に絶滅寸前と評価される事も多い.
・記載が遅れ,まだ正式な名前(学名)がつけられずに滅びてゆく生物があまりにも多い.

普通種も保全を

・複数種が含まれている可能性(カワザンショウ,ゴカイなど)
メダカのように(アサリなど)

目立たない生き物にも配慮を

ごく一部の生物に偏った自然保護

干潟やそこに棲む生物には現代科学ではまだ評価・解明できていない可能性が秘められて
いる.まだ何もわかっていないものを簡単に失ってしまってもいいのか?

日本で最高の干潟はどこにあるのか

 周防灘:有明海ですら絶滅寸前となった稀少種が今も健全な状態で維持されている.日本の内湾生態系の本来あるべき姿が保存されている「日本の干潟最後の砦」.特に大分県北部に位置する中津干潟ニホンハマグリの健在産地.これひとつ見ても日本最高の干潟といえる!広大な干潟面積(1,250ha),環境の多様性・保存度の高さ,絶滅危惧種の種類数・個体数.また多様な一般種・水産種の存在.現在の日本で最高の干潟であることは疑う余地がない.しかし中津でも近年アサリ・バカガイなどの不漁が続いている.

大阪湾では

 自然干潟の99%が失われたとも言われ,現在では淀川や男里川などの河口にわずかに見られるのみとなった。特に前浜干潟に生息する生物相はほとんど欠けてしまっている.他地域の干潟ではごく普通種でも大阪湾では非常に危機的な状況となっている種類も少なくない.早急にベントス相の現状を調査し,RDBなどに反映していく必要があると思われる.

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参考文献(これから干潟のベントスを勉強する方のために)
◎干潟の自然/大阪市立自然史博物館2000年特別展解説書
◎干潟に棲む生き物たち/大阪市立自然史博物館ミニガイド No,17
◎日本の渚−失われゆく海辺の自然−/加藤 真著 岩波新書
◎有明海のいきものたち/佐藤正典編 海游舎
干潟の自然史/和田恵次著 京都大学学術出版会
潮間帯の生態学 上・下/D.ラファリ S.ホーキンス著 文一総合出版 
干潟の生物観察ハンドブック/秋山章男 松田道生共著 東洋館出版
海辺−生命のふるさと−/レイチェル カーソン著 平凡社
干潟の実験生態学/K ライゼ著 生物研究社
エスチャリーの生態学/D.C.マクラスキー著 生物研究社
干潟のカニの自然史/小野勇一著 平凡社 
川の生きもの図鑑/南方新社
甲殻類学−エビ・カニとその仲間の世界−/朝倉彰編 平凡社
原色日本海岸動物図鑑T・U/西村三郎編著 保育社
日本近海産貝類図鑑/奥谷喬司編著 東海大学出版
シギ・チドリ類が食べる干潟のベントスたち/有田茂生・桑原和之共著 文一総合出版 
BIRDER 2001,5
 

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